アメリカのカリフォルニア州シエラネバタ山脈に340kmに渡って伸びるジョン・ミューア・トレイル(JMT)は、トレッカーの聖地であり、多くのトレッカーが一生に一度は歩いてみたいと切望するロングトレイルです。
すべてを通して歩く「スルーハイク」は3週間以上かかりますが、いくつかのパートに分けて歩く「セクションハイク」なら、5日間前後で歩くことができます。
私が同行したのも、3泊4日でトレイルの核心部を歩く、美味しいとこどりのツアーでした。
ジョン・ミューア・トレイルの魅力は何といっても変化に富んだ美しい景観。点在する森や湖、可憐に咲き乱れる高山植物、雄大な花崗岩の山々など、その眺望は万華鏡のようにあわただしく変化していきます。
美しい景観を楽しみながら、ウィルダネス(原生自然)の中に身をゆだねた4日間は、至極の時となりました。
何週間も時間はとれないし、体力も心配だし、何より個人で行くのは不安…
そんな人は、トレイルのハイライトを歩くツアーに参加する方法もあります。
この記事では、ツアートレッキングとして、私が2017年にジョン・ミューア・トレイルを歩いた時の様子を紹介します。
ジョン・ミューア・トレイルとは?
ジョン・ミューア・トレイルは、アメリカのカリフォルニア州に連なるシエラネバタ山脈にあり、全長340㎞に及ぶロングトレイルです。
国立公園設立の立役者であり、「自然保護の父」とも呼ばれるジョン・ミューアの生前の功績を讃えてつくられました。
全長340㎞にもおよぶトレイルは、いくつかのセクションに分かれており、セクションごとに分けて歩く人もいます。
今回は、トレイルの中でも素晴らしい展望が広がるサウザンド・アイランド・レイクを中心としたハイライト部分を歩きました。
ウルトラ・ライトという考え方
個人でいく場合、当然すべての食料やテント装備はを自分で担がなければいけません。
その重さは30㎏近くにもなり、トレッカーの後ろ姿はまるで「ザックから脚が生えているよう」です。
わずかな重さをもそぎ落とし、なるべく軽く荷物をまとめる「ウルトラ・ライト」という思考は、こうしたウィルダネスを何日もかけて歩く厳しい環境の中から生まれました。荷物を厳選して可能な限り身軽にすることで、より深く自然と向き合おうとする考え方は、最近では多くの登山愛好家にも広まっています。
たとえば、行動食のパッケージをあらかじめはぎとっておくなど、たかが数グラム、されど数グラムの精神でストイックにそぎ落としていきます。
歯ブラシやスプーンの柄さえも短く切っておくようなツワモノもいます。私はここまでシビアにはしませんが、個人で登山に行くときにはなるべく軽量化できるよう、ウルトラ・ライトの考え方を実践しています。
当然、3週間もの食糧をすべて背負うのは不可能なので、途中町に出て食料を調達しながら進めていくため、食糧計画や行程管理も重要になってきます。
ツアーでは、テント泊と言っても、テントや食料など重い荷物はミュールという馬が運びます。
最小限の荷物でトレッキングを楽しめるので、体力的にも余裕がうまれます。
長期間の縦走ではそっけない食事になりがちですが、食事はパスタやパンケーキなど美味しい食事をスタッフが準備してくれるので、トレッキング中の楽しみにもなりました。
ジョン・ミューア・トレイルの代名詞「シエラブルー」
このエリアは非常に乾燥していて、特に夏の間は晴天が続くのが特徴です。
その青空の美しさは、「シエラブルー」、「シエラ晴れ」という言葉で表現されるほど。登山好きな方なら、日本にも「八ヶ岳ブルー」という言葉があるので親近感がわきますね。
実際、私が歩いた4日間も、写真の通り、毎日一点の雲もない快晴が続きました。
お客様が「こんなに雲を見ないことってあるかしら」と驚きと喜びの声をあげてたのが印象的です。
点在する湖や残雪が残る山々、荒々しい花崗岩の岩山、真っ赤に燃えるペイントブラシの花々、緑豊かな松林……
そのどれもが青空によく映えて、美しい景観をつくり出していました。
トレッキングのハイライトとなる標高3,360mのドノヒュー・パスの峠越えや1日9時間近いトレッキングも、こうした自然からの応援を受けて、足取り軽やかにぐんぐんと進むことができました。
私たちのトレッキングは、毎日素晴らしい青空に見守られ、どこまでもつづくウィルダネスの中を軽快に進んでいきました。
ジョン・ミューア・トレイル最大の景勝地サウザンド・アイランド・レイク
トレッキング1日目と2日目は好展望地サウザンド・アイランド・レイクに2連泊しました。
この辺りはジョン・ミューア・トレイルの中でも最も美しい場所のひとつと言われており、このテントサイトからは、いくつもの島々が点在する湖と、聳え立つバナー・ピーク(3,943m)の絶景が望めます。
手つかずの大自然の中でゆったりとした時間を過ごし、刻々と変化する景色を存分に満喫できました。
夕暮れとともに空が薄紫色に染まり、やがて月夜の中に星々が輝き、静寂に包まれてゆく……
大自然の中に身を置いてこそ体験できる貴重なひとときです。
夜中に目覚めてテントから顔を出してみると、月明かりの中にバナー・ピークの稜線が浮かび上がり、とても幻想的でした。
日の出とともに見た、真っ赤に焼けるバナー・ピークは、眠気も吹き飛ぶ美しさでした。
ジョン・ミューア・トレイルを振り返る
テント泊はホテルのように快適ではありませんが、大自然の中に身をゆだねて五感で自然を感じ、自然を愛する仲間とともに感動を共有することができる貴重な体験です。
絶景を愛でながら、文字通り同じ釜の飯を食べ、山談義に花を咲かせているといつのまにか夜が更けゆく。そして疲れた身体をテントに潜り込ませ、なだれ込むようにマットに横たわると、心地よい疲労感に包まれて、知らぬまにまどろみ、気づけば夢の中…。
ジョン・ミューア・トレイルでは、こんなふうに時間が流れていきました。
全長340㎞をすべて歩いた人にはかなわないかもしれないし、出来ることなら全行程すべて歩きたいという気持ちもあります。でも、そもそも山歩きは人と競うものではないのです。
大自然に抱かれて、己と向き合った4日間は、ウィルダネスの魅力を十分に感じることができました。4日間、山中でともに過ごした仲間とは自然と団結力が生まれ、トレイルエンドではハイタッチでお互いの完歩を讃えあう姿が印象的でした。